津別に来たら、まずは気軽に飲みにおいで 

津別の夜を語るのにスナックははずせません。現在(2019年3月現在)も6軒のスナックがあり、大人の社交場として住民に愛されています。
そのうちの一軒、スナック愛飲酒多飲(アインシュタイン)のマスター、後藤さんにお話しを伺いました。

ースナックをやろうと思ったきっかけは?

若いころに少し、カウンターに入っていたことがあったので、仕事を辞めた後にスナックをやろうかと思ったのがきっかけかな。ここは昔、学校給食のパン工場だった場所なんだけど、その後2.3年スナックになっていたんだよね。

自分でスナックをやろうと思って、ここを改装してオープンしたんだけど、改装は業者さんにお願いしていたから、自分は海外旅行に行ってて帰ってきたら出来上がってたっていう感じだったかな(笑)

ーマスターの出身地ってどこですか?

出身は青森県津軽地方だよ。もともと両親が北海道出身だったので、3歳で北海道に引っ越してきてね。
津別町に来たのは、昭和45年ごろかな。スナックを始めたのは昭和60年ごろだったかな。

ーその頃の津別はどんな感じだったんですか?

昭和60年ごろは、人口が1万人をきったくらいだから、まだ人が多かったかな。
スナック蘭の通りは全部飲み屋街だったし、スナック一八(いっぱち)の両側6.7軒も飲み屋だったよ。

酒屋さんも何軒もあり、そこで飲めたんだよ。「もっきり」っていって、一合コップに焼酎をついで飲むのさ。その後、スナックに行くっていう流れでね。今のさんさん館の場所にも酒屋があったんだよ。

あの当時は営林署があり、地下足袋にリュック姿の職員が、仕事帰りに飲みにきたりしたな~。まだ列車が通ってたから、津別駅の駅員さんが帰りに寄ってくれたりもしたし、賑やかな時代だったよ。

堅苦しくないのがいいんじゃないかな。

ー今はどんなお客様がこられますか?

今は常連さんが多いかな。みんな自由に飲んでちょうだいって感じでやってるよ。1人でやってるから、気づくとみんなカウンターに立って、手伝いをしてくれるんだ。そうこうしているとカウンターがいっぱいになって、居場所がなくなって俺がソファーに移動してお客さんと一緒に話したりと、堅苦しくないのがいいんじゃないかな。

愛飲酒多飲でよく見かける光景。アットホームな雰囲気が町のみなさんにも愛されています。

いちげんさんもずっといる人と同じ感覚だよ。

ーいつもみんな楽しそうですよね。ところで、いちげんさんでも大丈夫ですか?

もちろん。気軽に来てもらいたいね。いちげんさんもずっといる人と同じ感覚だよ。自然に溶け込んでるよ。実はあまり話すのが得意じゃないから、お客さんから話してくれたほうがいいかな(笑)

ー意外ですね。では、マスターの普段の生活は?趣味ってなんですか?

ゴルフかな。夏は週3回はゴルフに行く。きっかけは、スナックを始めた頃、スナックをやっているならゴルフをやったほうがいいと言われて(笑)今も年間50回くらいは言ってるんじゃないかな。一番良かった時は、70くらいで回っていたかな。今は80~90くらい。津別町民ゴルフコンペで7回優勝したことがあるんだよ。

冬はスキー。準指導員の資格も持っていて、こども園でも教えている。スポーツ推進委員を70歳までやっていたし。体を動かすことが嫌いじゃない。

他人みたいな人がいない感覚。みんな知り合い。元いた町からみても、安心して住みやすく感じたよ。

ーアクティブですね。そんなマスターから見た津別町ってどんなとこですか?

他人みたいな人がいない感覚。みんな知り合い。

津別町に越してきた時は子育てをしていたし、あまり外にでることはなかったけど、住みやすかった。外から来ても他人としてみられる感覚もなかったし。元いた町からみても、安心して住みやすく感じたよ。

ーインタビューを終えて

ちょっと照れながらインタビューにこたえてくれたマスター。話の端々で、いつもの包み込むような笑顔が。
そんなマスターだから、愛飲酒多飲はアットホームな雰囲気をかもしだし、お客さんから愛されているのだなと感じました。

スナック愛飲酒多飲(あいんしゅたいん)マスター

青森県出身。
昭和60年頃にスナックを開業してから今まで30年以上、津別町の大人の社交場を盛り上げている。

【スナック愛飲酒多飲(あいんしゅたいん)】
住所:北海道網走郡津別町字一条通32
電話:0152-76-3990
営業時間:19時~25時
定休日:日曜日


【取材・編集】 都丸 雅子(とまる まさこ)
1974年生まれ、群馬県渋川市出身。
2016年春、地域おこし協力隊として津別町に移住。
任期終了後は津別町の移住・定住サポートデスクを担当。
現在は温泉旅行メディア「YUKOTABI」で道東エリアの記事も執筆中。

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